みことばはみがき No.21

    ヨシュア 4:9
    これらの十二の石はヨルダン川の真ん中で、
    契約の箱を担いだ祭司たちが足をとどめた場所にあったもので、
    ヨシュアがそれらを積み上げたのである。
    それらは今日までそこにある。
 
 27年に渡り、中国四国地方で宣教の働きをし、私たちの教会の協力宣教師として主に仕えてきた宣教師ご夫妻が定年退職となり、帰国されました。
 自宅を片づけて引き払う前に、残していったものの中で譲り受けることのできるものがあれば持っていってほしいという話があり、帰国された後、何度かお宅を訪問し、教会で使えそうなもの、私たちを含め教会員の自宅で使えそうなものなどを各自で譲り受け、持ち帰りました。

 その中である人がこのように言いました。「これは先生が来る前から宣教師の方々が使っていたものなので、記念にもらいたい。」
 この言葉を聞いた時、譲り受けるものが便利かどうか以上の価値が見出されていたことに気づかされました。私にとってはその物が有用かどうかが持ち帰る基準でしたが、その人にとってはその物が思い起こすための手助けになることが基準でした。

 信仰生活とは信仰を上積みするためのものなのではなく、神を思い起こすためのきっかけを積み上げるものだと改めて教えられた私は、以前にいただいた聖書カバーにそっと手を添えました。


    物の真の価値とは有用かどうかではなく、
    それを通して思い起こす関係の尊さにある